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子育て手記2
Kさん

我が子は1970年、帝王切開で生まれました。

妊娠当時、私は働いていたのですが、大きく育ちすぎたのと7ヶ月で逆子となり、 先生の指導で体操したりしたのですが直らず帝王切開となったのです。
このことが我が子の人生を大きく変えてしまいました。
 
 
3ヶ月末でハイハイし、1年1ヶ月で歩き始め、カタコトの言葉を話し、順調に発育していました。

幼児の頃から少し不器用だと思う程度で三歳児検診でも何も言われませんでした。
8ヶ月頃、毛布のラベルの『ヒヨコ』をみてとても興味を持ちましたので早速絵本を買い求め、せがまれるまま毎晩寝る前に3冊ほど読み聞かせをはじめました。とてもよろこび、「読んで!読んで!」とじっと聞き入りました。
そのうち、絵本の内容を全部覚え、「あっ、間違った」「1ページとんだ」というほどでしたが、字は全く読めず、もちろん書けませんでした。
 

幼稚園は近くの私立幼稚園を卒園し、卒園の頃に自分の名前を書けへんのはうちの子一人でしたが、
「これから学校へ行って習うのやから」と思っていました。

遊びは『怪獣ごっこ』『仮面ライダー』『自転車あそび』と、近所の子どもたちとよく遊びましたが、ルールのある遊びが加わるにつれ、遊び仲間から外されていった様です。

近所の子どもにくらべ、「不器用だな」「動作が遅れているな」と思いました。最初のうちは、
2~3日遅れて出来るようになり、その差が、一週間、10日、一ヶ月と、だんだんあいてきました。
それでも「まさか」と思っていましたので、施設に連れて行ったり相談したりする知恵はありませんでした。

生まれた時にすぐ障害がわかったのと違って、「ガーン」というショックは受けませんでしたが、徐々に分かってきましたので、
これが災いしたようです。
 

子育てに一所懸命で、しつけに厳しく、この頃叱咤激励の毎日で子どもも萎縮したみたいです。

もう少し早く障害が分かっていたら、ゆとりを持って子育てが出来たと思います。