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子育て手記3
匿名
 

三女として生まれた子どもがダウン症でした。私は1ヶ月になるまでダウン症であることを知りませんでした。
主人は病院の帰りに話を聞いて知っていた様です。産後のため、すぐに知らせない様にしたと病院からの配慮でした。
その間、主人の気持ちを思うと大変だったとありがたく思いました。
 
 

それから心臓が悪いことがわかり、二重のショックで泣き明かしました。ボーっとしながら病院に通っていました。
一瞬ですがこの子を連れて死のうかと思ったことがあります。(病院の先生からダウン症について長時間かけて説明いただきました。その中で、何もしなければ成長はしないが努力をすればするだけ子どもは応えてくれると話されたことが耳に残っていました)

お姉ちゃんたちもいるこの子を大事に育てたいと思い自分ががんばらなくては、自分ががんばらなくてはと自分に言い聞かせてがんばっていました。 でも一人になると涙が止まりませんでした。
 

そうしている間に3ヶ月検診があり後日保健所の方から訪問していただきました。その時、「ダウン症の子どもさんは早いうちから何でも教えてあげると少しずつ出来る様になって行きますよ」と話して下さいました。
それからは、何でもいいから一つ一つ覚えることを増やして行こうと思い、一つのことに何回も何回もかけて教えました。
長いことかけてやっと覚えてくれた時の感動は忘れることが出来ません。
 
この子はこんなに感動を与えてくれる子なんだとうれしく思いました。
しっかり教えた事は身につけています。
しっかり教えられなかった事はやはり出来そうで出来ないことが多いです。
ところが私が知らない間に覚えていることもあります。
何回言っても出来ないこともあります。
 

ボーっとしているとき、育成会の相談員の方から何回かお電話をいただき、ありがたかったのですが、その時はまだ外に出る事が出来ませんでした。でも生まれて半年程してやっと近所の方々に子どもがダウン症である事、心臓が悪い事を話せた時、気持ちが半分楽になりました。 それも病院の先生、保健所の方、育成会の相談員の方々のおかげだと思っています。
 

それからは、外へ連れて遊びに出る様になりました。
外へ出ればそれはそれなりにブツカルことも多いですが、いいこともあります。めげずに前向きに行く事が大事ですね。

でも体が健康であることが一番大事です。1歳2ヶ月で肺炎になり、危ないところでした。それで心臓の手術をすることになりました。

また2歳4ヶ月と4歳半に2回耳の手術をしました。
今は補聴器を付けていますが元気に作業所に通っています。